−山田恵諦天台座主猊下の講話を踏まえて−



1.仏教の根本思想
仏教は仏陀であるお釈迦様の教えであるとともに、仏陀(覚者)になるための教えという2つの意味合いがあります。このことは仏教の特徴でしょう。
その仏教の根本思想は縁起という考え方です。縁起とは「この世のすべてのものは独立した実体ではなく、他のものとお互いに関係しあって生まれ、存在している」ということです。自分の生い立ちを考えてみても、両親があってこそ、自分の意志で生まれようとして誕生したわけではないですよね。また、今インターネットをしていても、このWWWの仕組みを考えられた方のお陰です。
さて、大いなるさとりを得たお釈迦様はネーランジャー河(尼連禅河)のほとりにある菩提樹のもとで縁起の理法を観じていました。
 これが存在すれば、あれも存在する
 これが生ずれば、あれも生ずる
 これが存在しなければ、あれも存在しない
 これが滅すれば、あれも滅する
これが原始経典に説かれる縁起の教えの定義です。
よって、仏教の立場では絶対者や創造神を否定し、因縁生起を根本とするのです。
縁起とは私たち一人ひとりのよりよい生き方への思想的教えであると同時に、宇宙の森羅万象が関係しあって成り立っているという広大な真理を見極め、解き明かす哲学と言えるでしょう。ただし、これはお釈迦様が編み出したものではなく、永遠絶対の真理なのです。むしろお釈迦様は縁起を発見し、人々に説き示されたという方が正しいでしょう。
人間を苦しめる根底には、この法則を悟らない無明があるからで、仏教では縁起を理解して、原因や条件を取り去る努力(修行)で苦悩や欲望から解放されることを目指します。

2.上座部仏教と大乗仏教
仏教東漸という言葉をご存知でしょうか。インドに起源したお釈迦様の教えである仏教は、特に東の方角つまり中国・朝鮮を経て日本に伝わりました。仏教の日本伝来は538年といわれます。これを北方仏教(北伝)といいます。
一方、インドからスリランカ、タイ、ビルマ、ミャンマーなど南方諸地域に伝えられたものは南方仏教(南伝)といいます。または、前者を大乗仏教(Mahayana Buddhism)、後者を上座部仏教(Theravera Buddhism)と、教義の差異によって区別します。西欧から仏教を見た場合もこの2つに大別分類するそうです。
上座部仏教とは小乗仏教ともいいますが、乗とは乗り物の意で、さとりの彼岸へ到達させる乗り物たる教え、佛となるための教えを喩えていいます。インドの初期仏教は菩薩以外の成仏は説きませんでしたが、その後修行によっては仏性を得られると説くようになりました。人の資質や能力に応じて声聞(仏の声を聞いて学ぶ仏弟子)・縁覚(ひとりで修行を積んでさとりを得るが、他に説くことをしない)・菩薩(さとりの真理を携えて現実の中へ降り立ち、世のため人のために慈悲利他行に励み、すすんで浄仏国土の建設に努める)という固有の3種のさとりの道があるとします。
また、大乗仏教は、名前の通り「大きな乗り物」という意味で、一切衆生に悉く佛になることができる仏性があるというのが大乗仏教一般の立場であり、仏教天台宗も同様です。具体的には「涅槃経」などに説かれていますが、仏性とは仏陀の本性の意で、完成された佛の性をいうのはもちろん、菩薩や衆生において未完成ながら佛となるべき性質・能力を含めていいます。仏教、特に大乗仏教は、仏性が欲望など煩悩によってはたらきを邪魔されているので、その障害を取り除き、奥に隠されている仏性を導き出すことが大きな役割といえるでしょう。

3.仏教天台宗について
日本天台宗の総本山はご存知の通り比叡山延暦寺で、比叡山開創以来、平成の現代においても1200年消えずに続く「不滅の法灯」が根本中堂で連綿と灯し続けられており、天台宗・比叡山仏教の象徴でもありましょう。
日本天台宗の歴史は平安時代の宗祖伝教大師最澄(767-822)の求道の精神に始まります。785年、比叡山に入り、草庵を結んだ19歳の青年最澄は「願文」を著し、その決意を5つの誓いとして熱く述べています。
 1.仏に近づいた六根相似(ろっこんそうじ)の位に清浄な境地に至らぬうちは、俗世間には出ない
 2.真理を照らす智慧を得るまでは、医療や占い、絵を描くなどの技芸の道に進まない。
 3.戒律を完全に具えるまでは布施を受ける法要に出ない。
 4.悟りの智慧を得ないうちは世間的な仕事や交際をしない。
 5.功徳は自分の身に受けず、すべてのものが無上の悟りを得ることを願う。
以上は現代語に表したものですが、法華経の精神が溢れ出ており、究極の自己完成を目指した不退転の決意表明文と言えるでしょう。
伝教大師最澄以後の比叡山は、慈覚大師円仁・智証大師円珍(天台寺門宗)・建立大師相応(回峰行創始者)・慈恵大師良源・恵心僧都源信などを輩出し、鎌倉時代には現在の仏教各宗派の祖師(法然・親鸞・道元・栄西・日蓮)が比叡山で修行され、鎌倉仏教の展開や日本文化に多大の影響を与え、日本仏教の母山ともいわれるようになりました。また室町時代には西教寺の慈攝大師真盛(天台真盛宗)、江戸時代には黒衣の宰相といわれる慈眼大師天海などもおられます。
慈円和尚が「世の中に山てふ山は多かれど山とは比叡のみ山といふ」の和歌を詠まれたように、比叡山延暦寺は単に天台宗の総本山というだけでなく鎮護国家の道場として日本仏教史上の霊峰なのです。
さて「天台宗宗憲」(=天台宗の憲法)の第4条に"宗旨"が定義されています。
 天台宗は、法華一乗の教えを根本として、佛性の普遍と尊厳とを自信し、自行化他の菩薩道を並べ行い、正法興隆、人類救済の聖業に努め、かつ、国家社会の文化開発に尽くし、皆成佛道の実現と佛国土の建設とにあらゆる宗教的努力をいたすことを宗旨とする。
天台宗の所依の経典は「法華経」を根本とします。法華一乗とは、小乗・大乗の区別を超越した法華経の一乗思想のことです。換言すれば、佛の真実の教えは一つであり、その教えにしたがってすべての衆生が佛になれると説くのです。「法華経」方便品に「誰有一乗法無二亦無三」とあるのが拠り所です。この法華経(円教)を根本として密教、禅、戒の教えを包含し、四宗相承といいます。佛国土とは、仏が存在する、または仏がそのさとりによって教化する国土で、浄土や、凡夫の住む穢土を合わせて言います。
なお、天台宗は昔は「天台法華宗」というのが正式名称でした。
「あきらけく のちの仏の み世までも 光伝へえよ 法(のり)の灯火」という伝教大師御歌は後拾遺和歌集に収められています。本当にこの世の中が生きながらの極楽浄土になるようにというのが宗祖伝教大師最澄上人の思し召しであり、願いなのです。

4.日本の宗教文化
「およそ宗教とは、一人ひとりの最高理想に対する渇仰と、そこに達せんとする大道である」と、これは梅山圓了第254世天台座主猊下のお言葉です。また、宗教について「真理に向かう道は多様であるが、頂上はひとつ」と山登りの譬えがよく使われます。
故・山田恵諦253世天台座主猊下は「あなたの宗教は何ですか」という問いかけに「仏教です」と自信を持ってはっきり答えられる日本人であってほしいと常々おっしゃっていました。また、私はキリスト教のプロテスタントです、でもいいわけです。
日本人はお正月は神社仏閣に参拝し、2月はセントバレンタインデー、3月はホワイトデーにうかれ、12月はクリスマスを楽しみます。結婚式も人気があるのは教会式または神前式です(仏前結婚式もありますし、仏式の地鎮祭もありますよ)し、葬儀は仏式が多いですね。また、季節の節目には雛祭りや端午の節句、中秋の名月や豊作祈願祭や秋祭りなど、我々は日本の文化やならわしに従って様々なことをしています。一見、これらは優柔不断のように見えますが、実はそのこと自体が日本人独自の宗教的文化でもあります。一般の人々は無意識のうちに自分たちの好みに応じて宗教的儀式や行事を受容していることに違いありません。ですから「自分は無宗教だ」と胸を張って答える若者も大勢いますが、意識的に深く特定の宗教に帰依しなくとも、このことは心の片隅に留めておいてほしいものです。
キリスト教やイスラム教などに代表される一神教が広く敷衍した土壌ではない日本は、八百万の神というように人々は古来より万物に畏敬の念をもち、多神教の神道・仏教においては様々な神仏が信仰の対象となってきました。このことは、柔軟な独自の宗教文化をはぐくんできた日本ならではのものではないでしょうか。逆に西欧の人々から見ると理解しにくいのかもしれませんが。
要は山田猊下の主張は、仏教のみならず、「祈りこそ宗教」であり、祈りを離れては宗教はないということです。何事にも畏敬の念を持ち、祈りのある生活には反省も生まれます。家庭においても祈りが大切であると説かれていて、みなそれぞれの宗教心の培養を望んでおられました。山田猊下はこれを「家庭宗教のすすめ」という言葉で表現されています。
このことからもわかるように、山田猊下は天台宗宗祖伝教大師最澄上人の御教えを信奉し、宗徒を教化教導する天台座主であるにもかかわらず、少なくとも宗派という枠にあまりこだわっていません。むしろ宗派の垣根を越えた交流や協力ができないものかと思案模索されていたことでしょう。

5.比叡山宗教サミットへ
昭和57年にローマ教皇ヨハネパウロ2世が初めて来日されました。2月24日、ローマ法王庁の大使館で法王と日本の宗教の代表者が一堂に会し、故・山田恵諦253世天台座主猊下も出席されていました。そしてヨハネパウロ2世がメッセージを読み上げました。その中に次のようなことが述べられたのです。
「ローマから東洋のこの名高い国への初めての訪問に際して、一体何を皆さんにお話ししたらよろしいのでしょうか。皆さんは伝統ある智恵の継承者であり、守護者としてのその智恵は、日本において、また東洋のいたる所で高い水準の倫理生活を培ってきました。清く、真っ直ぐ、誠の心を尊ぶようにと皆さんは教えてきました。万物に、殊にすべての人間に神の現存を見るように促してきました。今から1200年前に日本が生んだ、皆さんの偉大なる教師である最澄の言葉を用いるならば・・・」と前置きされ、「無我、そして慈悲と友情の極致としての他人への奉仕を皆さんの心に植えつけてきました。皆さんが大切に守り、教えておられる霊的価値のすべてを数え上げるとするならば、長い時間がかかるでしょう。神がこれらのたまものを皆さんの上に注がれたこと、また、皆さんが完全な宗教の自由をもってそれらの賜物を表明しておられることに、カトリック教会の代表として私は喜びにたえません・・・」
この「無我、そして慈悲と友情の極致として奉仕することを世界中の宗教者のモットーにしようではありませんか」とのご提案に、伝教大師のお名前とお言葉が出てきて山田猊下は今までにない深い驚きと感銘を受けられたとしみじみとおっしゃっています。ローマ法王が尊敬の念をもって世界共通の宗教理念を宗祖伝教大師のお言葉をもって示して下さったことは、山田猊下にとって全く予期せぬうれしい出来事であったことでしょう。山田猊下は、ヨハネパウロ2世が引用された伝教大師の「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」という大乗仏教の精神が万国共通のものであることを強く確信されるとともに、これを世界中の人々に知っていただかなくてはならないと、日本はもとより世界の宗教者を比叡山に招く計画を立てて発表されたのでした。この一大決心が「比叡山宗教サミット」開催に繋がるエピソードです。
1987年(昭和62年)の比叡山宗教サミット開催に際し、山田猊下は「世界の平和という世界の各宗教の共通する目標に向かって"宗教協力"という方便の門を開かなくてはならない。その開かれた道が細かろうが、太かろうが、雪道であろうが、とにかく宗教者がその道を人々より先に歩かなければならない」と説き、山田猊下自ら筆を執り、日本仏教各宗派はもとより、神道やキリスト教・イスラム教など、伝統宗派・新興宗派を問わず親書を送り、比叡山宗教サミットの開催趣旨を手紙にしたため、説得されたと聞いています。少なくとも日本の仏教各宗派が一丸となった"日本仏教丸"というものが理想であったのではないでしょうか。
ろくに海外旅行も経験していない私ごときが美しい地球などというと少々オーバーですが、我々が先人たちから受け継いできた自然や文化、我々の先祖が築いてきたものを、少なくとも前の世代から受け継ぎ、そして次の世代へ引き継ぐ責務があると思います。また、昨今の人口増加と食糧不足問題は深刻の度を増しています。山田猊下は「今日まであった10あったパンを10人が仲良く食べておったのを、パンができないか、あるいは減るかもしれない。もし減らずに持たせても、10人が食べていたのを15人が食べねばならんことになってくる。15人が食べるのに10のパンをどう扱えば仲良く食べられるか。力の強い者がまず先に取って食べて、残りを弱い者が食べるのであれば、これはサルの世界と同じです。現代人の価値観からすると人間の世界もサルと同様になるかもしれない。これでは人間の価値がありません。その時どうしたら、つまり10のものを15人がどうすれば仲良く分けることができるかを思案しなければならない。知識は必要であるが、人間は欲に従うものであるから、いくら賢人が出現してもそれは頼りにはならない。これからは知識人ではなく、思いやりの深い人をつくることが大切であります。そうすれば10のパンを15人がどうすればよかろうということをケンカなしに分ける時代が出てくる。これは日本だけではなく、世界中眺めていてもみんなそうなっているのです」と述べられています。私は山田猊下のこのパンのお話は私は何回かお聞きしましたので、特に印象に残っています。
これは飽食の現代日本に警鐘を鳴らすとともに、世界のどこかでは紛争や飢えに苦しむ人や子供が後を絶えないという現実を知らなければならないということ、さらには思いやりの深い「人の育成」を強く説いておられます。そして仏教でいうならば慈悲心(=仏の心)をもって人様に接するということです。これが一隅を照らす国宝的人材の育成についての第一歩に他なりません。

6.一隅を照らす運動
天台宗ではこのことの具体的推進の方便として「一隅を照らす運動」を展開しています。この運動は、天台宗の宗旨を踏まえた上で、仏性の開発と浄仏国土の建設を根本的精神というか眼目としています。
山田恵諦253世天台座主猊下は「浄佛国土とは、"浄"は混じり気のないということで、思想・行動を統一することであります。皆が忘己利他の精神で生活する国を作り出そうというのが浄佛国土の建設であります」とおっしゃっています。
特に近年では、「家庭から世界へ」をテーマに身近な活動の指針として、誰でもできる3つの実践目標を定め、住職・檀信徒・一隅を照らす運動会員・有縁の人々に呼びかけ、取り組んでいます。
 1.自然の恵みを大切に 家庭のゴミを半分にしよう・・・・・・・・・・共 生
 2.思いやりの心を大切に 家族みんなでボランティア活動をしよう・・・奉 仕
 3.感謝する心を大切に 生命と叡智を明日に伝えよう・・・・・・・・・生 命
あなたが、あなたの置かれている場所や立場で、ベストを尽くして照らして下さい。あなたが光れば、あなたのお隣も光ります。町や社会が光ります。小さな光が集まって、日本を、世界を、やがて地球を照らします。一隅(いちぐう)を照らしましょう。
※一隅を照らす運動については、当方の一隅運動のページまたは一隅を照らす運動公式ホームページを参照ください。

7.祈りからの出発
話が少し横にそれましたが、山田猊下はあらゆる宗教にそれらのことを説き、諸宗教が一致協力して「相手の幸せのために」という考え方で導いて行かねばならないと、伝教大師が説いた「忘己利他」の精神の発揮を勧められてきたわけなのです。
こうして日本仏教の母山(=天台からの見方かもしれません)である天台宗が日本仏教各宗派のイニシアチブをとり、比叡山宗教サミットの成功に繋がったものと思いますし、このサミット精神の根底には、グローバルな視点からの、あらゆる宗教の使命、宗教者の心得が内包されていると思います。宗教と平和という壮大なテーマについて、すべては祈りから始まり、その祈りはそれぞれの立場で行うということなのです。
天台宗宗祖伝教大師は「一身弁じ難く、衆力成じ易し=A」「一目の羅は鳥を得ることは能わず、一両の宗、何ぞ普く汲むに足らん=B」と説かれました。
寛容の宗教といわれる仏教は確かにおおらかな教えです。山田猊下は宗祖伝教大師のお言葉を体して「仏教もキリスト教もイスラム教もその他諸宗教も、ありとあらゆる宗教が離ればなれの別のように見えながら、実は皆それぞれつながりあっている。救いの網の一つ一つの目であることを見つめなければなりません。それらは皆、長所もあり、特色もありはするが、千差万別の人類を、一人も残さずに理想へと導くための聖なる教えなのです」とおっしゃっています。このことは、世界の全体性と幸福のためにいずれの宗教も恵みとなることを説き示しており、「法華経」のビジョンそのものと思います。仏教もキリスト教もイスラム教もそれぞれに強調する教えがあり、特色を持ち合わせていますが、光の当て方に違いこそあれ、究極的真理は同じということではないでしょうか。
ヨハネパウロ2世が引用された「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」という大乗仏教の精神において、人類の幸せと世界平和をスローガンとする比叡山宗教サミットの開催は、まさに「祈りからの出発」の具現化のための一大結集であったでしょう。あくまでも今は、宗教協力の道に築く「化城」(法華経の化城喩品=C)かもしれませんが、地球的かつ長期的な目でみて「化城」になりうれば、山田猊下をはじめとする趣旨賛同者の願いはかなうと言ってもいいかもしれません。(おわり)

(注釈)
A「一身弁じ難く、衆力成じ易し」
一人ではできにくいが、多くの人々の力を集めれば成功しやすい。
B「一目の羅は鳥を得ることは能わず、一両の宗、何ぞ普く汲むに足らん」
鳥が引っかかるのはたった一つの目でも、何百もの網の目がお互いに繋がりあい、結びあい、広がっていればこそ鳥を捕らえられる。たくさんの目がないと網としての用をなさない。
C「化城」
「化城喩品」法華経の第8品で、仏が500人の弟子に向かって"化城の喩"をもって説いた。疲労と恐怖にあった旅団を励まし進めるために、化城(幻の城)をつくって、真の宝を求めて旅団が前進して行くという話。最終的真理(悟り)に行き着くまでに声聞・縁覚・菩薩とあるのは一つの化城であり、仏の智慧に導くためのものであると説く。


参考文献
「比叡山」 比叡山延暦寺
「布教手帳」 天台宗務庁
「布教のこころえ」 山田恵諦講話、布教手帳に収録 天台宗務庁
「21世紀の宗教者のあり方」 山田恵諦講話、布教手帳に収録 天台宗務庁
「道心は国の宝」 山田恵諦著、佼成出版社
「HELLO TENDAI」 広報天台宗2号、3号、9号、10号、天台宗務庁
「ともしび」43号 一隅を照らす運動総本部

★☆★ コ ラ ム ★☆★
〜佛という字について〜
本稿では佛と仏を使っていますが、個人的意図はありません。「佛」という字は人べんに「弗・あらず」と書きます。人であって人でない。歴史上のゴータマ・シッダルタ(釈尊)は80歳で亡くなられるまでに王子から出家し、菩提樹下でさとりを開き、その教えを説きましたが、人間であることには間違いありませんね。
人間は悪の心もあれば、善の心も持っています。しかし多くの人は悪の心を抑えることができず、善の心を顕現していない、これが人間のあさましさでしょう。お釈迦様はこのことをご存知なので善の心をもって人々に接するけれど絶対に悪の心を用いられません。ですからお釈迦様は人であって人でない、これを「佛」というのです。従って善心、先ほどの稿においては慈悲心をもって行いをなせばその人は仏といえるのです。

1998/11/30版