妙法寺檀信徒総代である松田松藏氏は「一隅を照らす」「忘己利他」など、天台宗宗祖伝教大師最澄上人の聖句を彫刻され、菩提寺である妙法寺へ奉納されるとともに、友人知人はもとより、公共施設や寺院などへも配布され、その数は大小様々約300枚を越えるという。
平成3年には一隅を照らす運動総本部より「総本部長賞」を受賞された。
近年では仏画の彫刻も手がけられている。讃岐彫りを通じて一隅を照らす運動に寄与されている松田氏の活躍を紹介します。


「讃岐彫りと私」 妙法寺檀信徒総代 松田 松藏 さん


香川県の伝統工芸「讃岐彫り」は、讃岐高松藩主のお抱え彫刻師・玉楮象谷を始祖とし、讃岐の人々に引き継がれて、現代の人間国宝・音丸耕堂先生が名人として有名です。
私は昭和38年頃、多度津町の神原広周先生に入門し、初歩より指導を受けました。初めは1本の彫刻刀も思うようになりませんでしたが、不器用な私も3年間で我が家で使用するお盆、茶托、硯箱等が一応彫ることができるようになり、作品ができるとうれしさで仕上げるまでの苦労を忘れたものでした。
その後、丸亀の私の家を教室として先生にご指導いただき、友人たちとともにその輪が広がりました。この会を「華耀会」と名付け、私が会のお世話をいたしました。そうして入門希望者も多くなり、妙法寺住職様に相談しますと、ご好意により部屋を提供してくださり、神原先生の熱心なご指導のもと、妙法寺教室で活気の満ちた稽古に励むようになりました。
また、市役所に讃岐彫りの市民講座開設を交渉し、春秋2回の講座で、1回40名を定員として開くことに決まりました。大変お世話になった妙法寺教室を市民会館に移し、第1回の講座を開くとすぐ定員一杯になり、先生も私も数名の助手の人々と一生懸命に指導しましたので、ますます入会者が増え、講座はいつも満席となりました。
特にうれしかったことは、会員の中よりプロの道に進み、よき師に出会い、修業努力の結果、見事に日展に入選されたことでした。会員は我が事のように喜びました。
以来20年間、市民の皆様の好評を受けて、延べ二千人近い人々が卒業され、自宅でこつこつと彫刻を楽しんでおられます。また市民講座は数名の優秀な方が神原先生から引き継ぎ、熱心に指導されています。その指導者たちは一隅を照らす尊い心で無報酬で奉仕されています。
私がふとした縁で習った「讃岐彫り」が同志の協力で、多くの人が作品を彫る喜びを知り、毎年開かれる公民館祭には受講生の一生懸命に彫った作品を拝見することが大きな楽しみです。
微力ですが、讃岐彫りを通じて一隅を照らすことができたのは同志の忘己利他のご協力と深く感謝しています。
私は丸亀市米穀卸協同組合責任者として従事していましたが、第一線を引退してからは我が家の古材を利用して、伝教大師様のみ教えを彫ることを思い立ちました。妙法寺に持参して住職様にお見せして、第1号の拙作を奉納いたしました。この機会を得てから事務所や派出所、知人等に伝教大師様のみ教えを説明して進呈し、その数は300枚を越えました。
時々訪れた家で「一隅を照らす」という私の作品に再会し、「お役に立ったかな」と思えば進呈してよかったと喜んでいます。
平成3年の10月には先の山田恵諦天台座主猊下から親しくお授戒とご教示を賜り、妻とともに大変感激し、終生忘れ得ぬ日となりました。
これからも命ある限り、我が家の古材に伝教大師様の「照于一隅」「忘己利他」のみ教えを彫り続けて、一人でも多くの人に差し上げ、一隅を照らす運動を推進してご高恩に報いたいと思います。 合掌



松田氏の
力作の一部

(いずれも妙法寺藏)


一隅を照らす、
これ則ち国宝なり

観世音菩薩

己を忘れて他を利するは
慈悲の極なり

観世音菩薩

天台宗宗歌・伝教大師最澄
(新拾遺和歌集)



松田松藏さんは、平成14年3月18日にお亡くなりになりました。大変お世話になりました。
謹んでご冥福を祈念申し上げます。合掌。
2002.03.18