妙法寺ニュース&トピックス


天台大師報恩講・永代経・灯籠供養の法要を厳修(2001/12/23掲載)

12月23日の天皇誕生日祝日に、天台大師報恩講法要が妙法寺本堂にて厳かに執り行われ、部内住職(薬師寺・大通寺・鷲峰寺)が出仕のもと、檀信徒約30名が参拝した(=写真、撮影は原田稔氏)。
天台大師智ギは中国の随代に活躍した中国天台の開祖であり、中国の釈迦と讃えられ、「法華経」の講説が特に有名で、高祖天台智者大師といわれている。その遺徳を讃え、報恩の誠を捧げるのが天台大師報恩講法要で、天台宗四国教区第1部組寺において毎年12月に開かれているもの。
また、妙法寺では、この報恩講法要とあわせて永代経供養と灯籠供養の法要が行われ、発願者の祈願と芳名が読み上げられ、諸願成就が祈念された。さらに一足早い新年福引きも行われ、景品には檀信徒総代の松田松藏氏の彫刻をはじめ、百福掛軸、御香などが配られた。法要後、檀信徒参拝者は控室で昼食をとりながら、歓談した。


















第1回日仏アートサロンが丸亀と塩江で開催
フランス人一行が妙法寺を参拝し、国際交流(2001/10/19掲載)


第1回日仏アートサロン(Salon Franco-Japonais d'Art Contemporain-Kagawa 2001)が、平成13年10月に丸亀市と塩江町で開催された。第一期は丸亀市資料館(10/6〜8)、第二期は塩江美術館(10/16〜11/4)で、フランスから25点、日本から50点の絵画作品が展示されている。
この催しは日仏アートサロン実行委員会主催で、画家の松田征明氏が実行委員長を務め、フランス画壇から招請したもの。8名の芸術家と夫人合わせて10名が来県し、一週間のホームステイを丸亀市で行うとともに、片山圭之丸亀市長を表敬訪問したり(=写真)、地域の人々と国際交流を行った。
平成13年10月9日には、一行10名が妙法寺を参拝し、大岡真祥師が本堂で読経祈願し、日仏アートサロンの円成とホームステイ滞在中の安全が祈願された。そして、大岡真祥師から、「当寺は、江戸時代に俳人画家・与謝蕪村が偶然、妙法寺を訪れ、数々の絵を残された寺ですので、今日、ジャンルこそ違えども、絵を志し、絵に携わる皆様方が妙法寺をご訪問くださり、すばらしいご縁をいただいたと感じております」と歓迎挨拶がされ、妙法寺の縁起について説明された。
各人は境内でおみくじを引いて、一喜一憂してながら、みんな吉を引き当てる幸運の持ち主たちであった(=写真)。
松田氏は、「今回の来訪を通じて、仕事のことのみならず、お互いの心がうち解け、いろいろな楽しい体験をすることができました。ホームステイを引き受けた家族も皆、大きな想い出になりました」と振りかえっていた。



丸亀市資料館

丸亀市長を表敬訪問

おみくじを引いて一喜一憂


★来寺者芳名(順不同敬称略)
松田征明 , Kalisguine , E.Guena , Ange , B.Billon , J.J.SURIAN夫妻 , C.Ficord , H.Ochiai 他



祝・妙法寺ホームページが10,000HIT達成!(2001/02/13掲載)

平成13年2月13日、妙法寺ホームページのトップページに設置されているアクセスカウンタが10,000を突破した。妙法寺ホームページが平成10年(1998)9月10日に開設されて以来、足がけ2年5か月かかった(=写真)。。
当HPの管理人(Webmaster)である大岡真祥師は、「自分自身がヒットさせた数も結構あると思うが、この1万アクセスを契機として、さらに内容を充実させたいと考えているので、今後ともご支援をお願いしたい。ご意見ご要望もお待ちしています」と語っている。
また、「元三大師開運おみくじ」のページは2月1日にすでに10,000アクセスを達成していた。なお、いずれも該当者不明である。


蕪村忌俳句会を開催(2000/12/25掲載)

12月25日に恒例の「蕪村忌俳句会」が、丸亀市民俳句会(山野青山会長)の9名が参加して妙法寺客殿で開催された(=写真)。
この俳句会は俳人画家与謝蕪村の遺徳を偲び、蕪村の命日である毎年12月25日に蕪村寺である妙法寺で開催されているもの。参加者は真冬の季節、妙法寺や蕪村忌にちなんだ俳句を詠んでいた。蕪村忌は与謝蕪村の号にちなんで春星忌(しゅんせいき)ともいう。今年の入選句は下表のとおりである。

★丸亀市民俳句会は毎月1回の定例会を開いて俳句仲間同志の親睦をはかっています。丸亀市内在住か丸亀市にご縁のある方ならどなたでも参加できます。この会のお問い合わせは、山野青山氏(0877-23-8676)までお願いします。


★入選句★ 今井誠人選
摺(す)り大根辛く舌刺す春星忌西山チヨ子大根を摺りおろして食してみると、とても辛く、舌を刺した。この感覚にふと日常生活から離れ、思いを巡らすと春星忌であった。
蕪村寺の一隅を照らす冬の雷堤 寛冬の雷の閃光が蕪村寺(妙法寺)を照らしている。照らされている自分やまわりの一隅を考えた時、この雷光に感動を覚えずにはいられない。
尺ほどの菰(こも)巻きし松匂ふかな吉川久枝寒い冬を乗り切れるように願いを込めて松に菰を巻いた。松の若さであろうか、その菰巻きの松から、ふと匂いを感じたのであった。
蕪村忌や楽(がく)のごとくに冬の雷西野草几冬の雷が鳴り響いている。この冬雷はシンフォニーのように聞こえる。蕪村忌の季節感と相まって、音楽的に聞こえたのであろう。
応援の頬に絵をかく春星忌西野草几顔に化粧を施して応援している姿を偶然見かけた。十二月二十五日の蕪村忌に際し、画家でもあった蕪村の人柄がしのばれてならない。
蕪村忌にしぐれと共に来たりけり今井誠人昨日までの暖冬とはうって変わって、今日はミゾレまじりの雨が降って、とても寒い荒天の一日である。こんな天気にふと思いを巡らすと、蕪村忌の時節がやってきたのあった。




永代経・灯籠供養・天台大師報恩講法要を奉修(2000/12/23掲載)

12月23日(天皇誕生日祝日)の正午より、永代経・灯籠供養・天台大師報恩講法要が妙法寺本堂において厳修された。根香寺・鷲峰寺・長尾寺の各住職が出仕のもと、檀信徒約40名が参拝・随喜した(=写真、撮影は原田稔氏)。
天台大師智ギは中国の随代に活躍した中国天台の開祖であり、中国の釈迦と讃えられ、「法華経」の講説が特に有名で、高祖天台智者大師といわれている。その遺徳を讃え、報恩の誠を捧げるのが天台大師報恩講法要で、天台宗四国教区第1部組寺において毎年12月に開かれているもの。
また、妙法寺では、この報恩講法要とあわせて永代経と灯籠供養の法要が行われ、発願者の祈願と芳名が読み上げられ、諸願成就が祈念された。さらに一足早い新年福引きも行われ、景品には檀信徒総代の松田松藏氏の彫刻をはじめ、御香、小冊子などが配られた。
また、去る6月1日に神戸市で公演された、叡山流の和讃・詠歌を織り込んだ創作歌舞伎「最澄」のビデオを観賞し、人間国宝の中村雁治郎氏が扮する伝教大師最澄様の御一代記について理解を深めていた。




10年越しで白花曼珠沙華が開花(2000/10/02掲載)

妙法寺境内参道横の白花曼珠沙華(シロバナマンジュシャゲ)が10年越しで、今年初めて開花した(=写真)。これは10年前に横田直隆氏より曼珠沙華(彼岸花)の球根をいただき、植えていたもの。なお、このほかに白の彼岸花には鍾馗水仙(ショウキズイセン)との交配種もあるという。
曼珠沙華とは赤い色を意味する梵語の音を採ったもので、白系の曼珠沙華は日本では比較的珍しい。
大岡真淳住職は「白色・黄金の曼珠沙華はとても珍しいと思う。いつ咲くかと毎年楽しみにしていたが、今年ようやく咲いてくれた」と語っていた。


まんじゅしゃげ【曼珠沙華】 
〔仏教〕(梵語:ma j aka) 天上に咲くという花の名。四華の一で、見る者の心を柔軟にするという。 
〔植物〕(学名:Lycoris radiata)ヒガンバナ科のヒガンバナの別称。冬に葉を茂らせ、春に葉が枯れてしまうという、普通の植物と反対のリズムを持っている。秋の彼岸頃いっせいに咲くところから彼岸花という。

し‐け【四華・四花】(シカともいう) 
〔仏教〕法華六瑞(法華経が説かれる時に現れる六つの瑞相)の一として空から降るという四種の蓮華(レンゲ)。
白蓮華すなわち曼荼羅華(マンダラゲ)、大白蓮華すなわち摩訶(マカ)曼荼羅華、紅蓮華すなわち曼珠沙華(マンジユシヤゲ)、大紅蓮華すなわち摩訶曼珠沙華。白・青・紅・黄の四種の蓮華。 棺の四方に立てる白い蓮華、または、その造花。



山家会を妙法寺で厳修(2000/06/08掲載)

6月4日は天台宗の宗祖伝教大師最澄上人の忌日である。山家会(さんげえ)はその遺徳を偲び讃えるために香川県内の関係寺院が持ち回りで毎年開かれているもので、今年は6月3日に妙法寺が当番であった(=写真)。大岡真淳妙法寺住職が導師で、住職11名が出席して、伝教大師和讃を唱え、法要が厳かに営まれた。
山家会は伝教会または六月会とも言われ、来年は平照寺で開かれる予定。

伝教大師最澄(766-822)は御遺言で、「心形久しく労して一生此に窮まる」と述べられ、身も心もすり減らし、ついに力尽きようとする心境であろう。まさに大師の一生は大乗仏教弘通に捧げた生涯であった。
弟子たちには、「決して悲しんだり、喪に服したりして時を過ごすことなく、怠りなく修行に努めよ」と告げられ、亡くなられた。弘仁13年6月4日、57歳であった。
「我がために仏を作ることなかれ、我がために経を写すことなかれ、我が志を述べよ」という遺誡が、弟子・光定によって記録されている。
また、866年には”伝教大師”の諡号を賜った。これが日本初めての大師号となった。
伝教大師最澄(766-822)の御廟は、静寂に包まれた比叡山西塔の浄土院にある。




蕪村句碑(長尻の〜)の建立、除幕法要を厳修(2000/05/01掲載)

妙法寺中興四百年を慶讃して、新たに蕪村句碑(下記・長尻の〜)が建立され、5月1日に除幕法要が厳修された(=写真は焼香する四宮氏)。
大岡真淳住職導師のもと、大岡真祥師が出仕し、檀信徒総代の松田松蔵氏、田邨勝美氏、原田稔氏、施工の四宮千春・四宮石材工業会長が参列した。大岡住職は表白において与謝蕪村の遺徳を讃え、当山との御縁を感謝するとともに、俳諧文化の益々の興隆を祈念した。
石碑の句は、俳人画家・与謝蕪村(よさぶそん・1716−1783)が明和5年の初夏に讃岐香川から京都へ帰るとき、当山で俳句を詠み残したものである。

と讃岐香川での様々な思い出を胸に、少々長く逗留しすぎたことを詠んだ句である。石碑の揮毫は妙法寺中興第十八世・大岡真淳による。



四国天台仏教青年会がホームページを開設(2000/04/01掲載)

四国天台仏教青年会(薄墨賢祥会長・松山市西法寺副住職)では、平成12年4月1日にホームページを正式オープンさせた(=写真)。
4月1日現在の主な内容は、天台宗四国教区の寺院紹介、会長挨拶、掲示板(BBS)、リンク集となっている。天台宗四国教区50か寺の紹介ページ(1寺院につき1ページ)を更新中で、今後も内容メニュー等の充実が期待される。
薄墨会長は、「四国と言えば"お大師さま=弘法大師空海"と言われるように、天台宗は数少ない宗派です。インターネットを通じて、少しでも多くの人に四国の天台宗寺院や天台の教えについて知っていただければ有り難く存じます」と語っている。
四国天台仏教青年会HomepageのURLはhttp://user.shikoku.ne.jp/tendai/である。